暮らしの読み物|人生と暮らし|第14号
まだまだ生きていてほしい。
それでも、親の終活を応援する理由
― 葬儀の希望を伝えることと、家族への思いやり ―
皆さまは、ご自身の葬儀について、家族に何か希望を伝えていらっしゃいますか。
盛大に見送ってほしい。身内だけで静かに送ってほしい。葬儀にはあまりお金をかけないでほしい。
考え方は、人それぞれでございます。
ただ、わたくしは最近、あることを考えるようになりました。
自分がどうしてほしいのか、何も伝えずに亡くなってしまったら、残された家族はどうするのだろうか。
実は、そう考えるようになったのには、いくつかの理由がございます。
悲しむ暇もなかった、祖父母の葬儀
わたくしは以前、祖父と祖母の葬儀を経験しております。
二人とも病院で亡くなりましたが、生前、葬儀についてどのような希望があったのか、家族は聞いておりませんでした。
ですから、葬儀の準備は、両親が一から進めることになったのです。
田舎の葬儀でございましたから、お通夜になると、町内会の方々が次々とお線香をあげに来てくださいました。
わたくしたち親族は、畳の上に座り、一晩中、お礼のご挨拶をしておりました。
翌日には、火葬場へ向かうためのバスを手配し、参列される方々のお弁当を準備して、お配りする。
次から次へと、やらなければならないことが出てまいります。
今でも覚えております。
悲しいという気持ちよりも、とにかく忙しくて大変だった。
そんな記憶の方が強く残っているのです。
もちろん、町内会の皆さまが故人を見送ってくださったことは、本当にありがたいことでございました。
けれども、葬儀を執り行う家族の負担は、決して小さなものではありませんでした。
最初の見積もりとは、ずいぶん違う
そして、もう一つ忘れられないのが、お金のことでございます。
葬儀には、まとまったお金が必要になります。
両親が何とかお金を用意していたことを、わたくしは覚えております。
ところが、最初に聞いていた見積もりと、実際にかかった費用が、ずいぶん違ったのです。
あれも必要、これも必要と、費用は次第に膨らんでいきました。
そして、すべてが終わってみると、いただいた香典では、とても足りませんでした。
大切な家族を亡くしたばかりなのに、葬儀の準備に追われ、最後にはお金の心配までしなければならない。
人を見送るということは、こんなにも大変なことなのか。
当時のわたくしは、そう感じたものでございます。
忘れられない、ある会長のお別れの会
その後、以前勤めていた会社の会長が亡くなられ、お別れの会に参列したことがございました。
当時は、三番目の娘が生まれて間もないころでした。
妻と一緒に、ベビーカーを押して参加したことを覚えております。
その会で、ご遺族から、ある説明がございました。
亡くなられた会長は、生前、ご自身のお別れの会でいただく香典を、すべて公益財団に寄付してほしいという意思を残されていたそうです。
わたくしは、その話を聞いて、いろいろな思いがございました。
ただ、正直に申し上げますと、そのころは自分の葬儀のことなど、考えもしませんでした。
幼い子どもを育て、毎日を生きることで精いっぱいだったからです。
けれども、今になって思うのです。
亡くなった後のことまで、自分の意思をきちんと残しておく。
それは、残された家族にとって、どれほどありがたいことか。
父が突然、倒れました
わたくしの父は、現在77歳になります。
今から5年ほど前のことです。
ある夜、突然ひどい頭痛に襲われ、救急搬送されました。
脳卒中でした。
手術によって何とか一命を取りとめましたが、しばらくは手足も動かず、言葉を話すこともできませんでした。
あのときのことは、今でも忘れられません。
懸命なリハビリによって、父は再び自分で動けるようになりました。
ただ、後遺症が残り、今でも足を引きずって歩いております。
その後、がんも見つかりました。
治療を受けて元気になったと思えば、再びがんが見つかる。
そんなことを繰り返しながらも、幸い今は、薬が合っているのか、自分で生活できるほどに回復しております。
元気でいることが、決して当たり前ではない。
父の姿を見て、わたくしは何度もそう感じてまいりました。
父が始めた、身の回りの整理
回復した父は、あるときから、身の回りの整理を始めました。
土地の名義、銀行の預貯金、さまざまな書類。
長年大切にしてきた農作業の機械も、売りに出すようになりました。
使わなくなった資材なども、少しずつ手放していきました。
父がなぜ急に整理を始めたのか、本当のところは父にしかわかりません。
ただ、一度は言葉も話せなくなり、自分の意思を伝えられない時期を経験しております。
また突然、何が起きるかわからない。
そんな思いがあったのかもしれません。
わたくしは、父の整理を応援しました。
なぜなら、父はもう、子どもたちを育て上げ、父親としての役目を十分に果たしてくれたからです。
これからは、自分の好きなように生きてほしい。
不自由な足で無理をして農作業を続け、転倒して再び入院するようなことになれば、それこそ取り返しがつきません。
農機具も、土地も、財産も、父の命には代えられません。
わたくしが一番望んでいるのは、父が元気に暮らしてくれることなのです。
親が築いた財産は、親のもの
母の方では、相続問題をきっかけに、きょうだいの縁が切れてしまった出来事もございました。
家族であっても、財産のこととなると、関係が変わってしまうことがあります。
両親も、そうした現実を見てきたからこそ、身の回りを整理しておきたいと考えているのかもしれません。
父が土地や預貯金を整理していることは、わたくしたち兄妹も知っております。
けれども、具体的な金額などを聞くことはいたしません。
兄妹の間でも、そのような話はしないようにしております。
いくら親子であっても、越えてはならない一線があると思うからです。
何より、両親が長い年月をかけ、懸命に働いて築いてきた財産でございます。
親が命がけで働いて得たものを、子どもがあてにするような人間にはなりたくありません。
残してもらうことよりも、元気なうちに自分たちのために使ってほしい。
おいしいものを食べ、好きなことをして、これからの人生を楽しんでほしい。
わたくしは、そう思っております。
それでも、親の死だけは考えたくない
ここまで終活のお話をしてまいりましたが、正直に申し上げます。
わたくしにとって、両親の死は、この世で一番避けたいことでございます。
考えるだけでも悲しくなります。
できることなら、いつまでも元気で長生きしてほしい。
これが、心からの願いです。
わたくし自身、まだ幼い子どもたちを育てております。
この子たちが成長し、自分の力で生きていけるようになるまで、何としても元気で頑張らなければなりません。
仕事も、家庭も、今が一番大変な時期かもしれません。
両親とは、離れた県で暮らしております。
だからこそ、両親が自分たちの意思で少しずつ準備を進めてくれていることを、本当にありがたく感じております。
けれども、心の中には、もう一つの気持ちがございます。
準備してくれてありがとう。けれども、その準備が必要になる日は、まだまだ来ないでほしい。
何とも、勝手な息子でございます・・・。
家族に残しておきたい、たった一つのこと
祖父母の葬儀で、準備に追われる両親の姿を見ました。
以前勤めていた会社の会長のお別れの会では、ご本人が香典の使い道まで意思を残されていたことを知りました。
そして今、77歳になった父が、自ら身の回りの整理を進めております。
そんな経験を重ねて、ようやく気づいたことがございます。
自分の葬儀について希望を伝えておくことは、決して死を急ぐことではありません。
残される家族が、どうしてよいかわからず困らないようにすること。
迷ったときに、本人の気持ちを思い出せるようにしておくこと。
それもまた、家族への思いやりなのだと思います。
もちろん、葬儀の形に正解などございません。
盛大に見送ってほしい方もいれば、静かに見送ってほしい方もいらっしゃるでしょう。
大切なのは、どちらを選ぶかではなく、自分がどうしてほしいのか、元気なうちに家族へ伝えておくことではないでしょうか。
わたくし自身、まだ自分の葬儀について、家族と話したことはございません。
まだまだ、生きていたいからです。
子どもたちの成長を見届けたい。
両親にも、いつまでも元気でいてほしい。
そんなことばかり考えております。
けれども、いつかは、わたくしも家族に自分の希望を伝えておかなければならないのでしょう。
そして、できることなら、その話をした後には、いつものように家族で笑い合っていたいものです。
「まだまだ先の話だからね」と。
・・・・・
父さん、母さん。
終活の準備をしてくれて、ありがとう。
これだけはいくら子供が頑張ってもできないことだから・・・。
でも、どうか、
まだまだ元気で長生きしてくださいね。
生薬工房 代表 有留 隆幸