暮らしの読み物|人生と暮らし|第11号
「父が教えてくれた、畑の場所。」相続のことを、あなたはどこまで知っていますか。
― 学校では教わらなかった、親の財産と相続のお話 ―
先日、実家に帰ったときのことでございます。父が、わたくしと妹に、畑の場所を教えてくれました。「ここから、ここまでが、うちの土地だ。」一つひとつ、区画を説明してくれるのです。
そして、父はこう言いました。「頭がしっかりしているうちに、説明しておきたいから。」
その言葉を聞きながら、わたくしは、あることに気づいたのでございます。わたくしたちは、学校でずいぶん勉強してきました。国語、数学、英語、理科、社会。受験に合格するために、何年も机に向かってきました。
ところが、いざ親から土地を受け継ぐ話になると、何もわからない。畑の名義は、どう変えるのか。相続税は、いくらかかるのか。農地というものは、普通の土地と何が違うのか。
試験に出ることは覚えてきたのに、人生で必要になることは、案外知らないものです。これには、わたくし自身、少々考えさせられました。
相続とは、お金持ちだけの話ではありません。
相続と聞くと、何億円もの財産をめぐって、親族が争うような話を想像されるかもしれません。テレビドラマでは、遺言書が出てきた途端、仲のよかった兄弟が突然、険悪な顔になります。
けれども、相続というものは、お金持ちだけの話ではありません。預金が少しある。実家の土地と建物がある。田んぼや畑がある。それだけでも、相続の手続きが必要になることがございます。
しかも、親が残してくれるものは、必ずしも預金や土地だけとは限りません。借金があれば、それも原則として相続の対象になります。財産を受け継ぐということは、良いものだけを選んでもらうことではないのです。
土地があるのに、お金がない。
相続について調べていると、少々不思議なお話に出会います。「親から立派な土地を相続したのに、相続税が払えない。」
土地には大きな価値がある。けれども、手元に現金がない。そんなことが、実際に起こり得るのでございます。
また、相続税には、一定の金額までは税金がかからない「基礎控除」という仕組みがあります。法定相続人が何人いるかによって、その金額も変わります。例えば、妻と子ども二人が相続人なら、基礎控除は4,800万円です。
ただし、これは預金だけの話ではありません。家も土地も畑も、原則として財産に含まれます。通帳の残高だけを見て、相続税がかからないと安心してはいけないのですね。
詳しい計算は、このあとに設けた解説欄でご紹介いたします。
親の畑は、名前を変えれば終わりなのでしょうか。
今回、父が教えてくれたのは、畑の場所でした。実は、農地の相続には、普通の土地とは違う決まりがございます。畑を相続すること自体には、原則として農地法上の許可は必要ありません。
しかし、農業委員会への届出や、土地の相続登記などの手続きが必要になります。
また、相続したからといって、畑に自由に家を建てたり、駐車場にしたりできるわけでもありません。自分の土地なのに、自由に使えるとは限らない。これも、知らなければ驚いてしまうことでしょう。父から畑の区画を教えてもらったことで、わたくしも改めて勉強しなければならないと思いました。
親が元気なうちに、聞いておきたいこと。
相続には、いくつもの期限があります。借金などを引き継がないための相続放棄は、原則として、自分が相続人になったことを知ってから三か月以内。相続税の申告と納付が必要な場合は、原則として、亡くなったことを知った日の翌日から十か月以内。土地や建物の相続登記にも、原則三年以内という期限があります。
知らなかったからといって、いつまでも待ってもらえるわけではありません。相続は、親が亡くなってから初めて考えるのでは、慌ててしまうことがあるのです。
だからこそ、親が元気なうちに、少しずつ話しておくことが大切なのではないでしょうか。
ただし、突然、「お父さん、財産はいくらあるの?」などと聞けば、少々気まずい空気になるかもしれません。「お前は、もうわしが死ぬことを考えているのか!」なんて叱られてしまうかもしれませんね。
けれども、今回の父のように、親のほうから話してくれることもあります。そんなときには、面倒がらずに、きちんと耳を傾けたいと思います。
親が残したいものは、財産だけではないのかもしれません。
父が教えてくれた畑。その土地には、登記簿に書かれている面積や地番だけでなく、父自身の思い出もあるのでしょう。どのようにして手に入れた土地なのか。誰が耕してきたのか。どんな苦労があったのか。
わたくしは、そんなことも、これから聞いておきたいと思いました。
考えてみれば、親というものは、不思議な存在でございます。子どもが小さいころは、歩き方を教え、文字を教え、世の中のことを教えてくれます。
そして、子どもが大人になってからも、まだ教えてくれることがある。今回の畑の話も、そうだったのかもしれません。
親が亡くなってから、初めて知る財産がある。けれども、親が亡くなってからでは、もう聞けない話もある。
財産は、子どもへ残すことができます。土地も、建物も、預金も、受け継ぐことができます。
しかし、親の声を聞きながら、その思いを教えてもらえる時間は、いつまでも続くわけではありません。
今回、父がわたくしと妹に畑の区画を説明してくれたこと。そのときには、相続のための説明だと思って聞いておりました。
けれども、今になって考えると、それだけではなかったような気がするのです。相続とは、財産を受け継ぐこと。そして、親の歩んできた人生を、少しずつ知っていくことでもあるのではないでしょうか。
皆さまも、親御さんがご健在でしたら、ぜひ、昔のお話を聞いてみてください。
そして、ご自身が子どもたちへ伝えておきたいことがあるのなら、元気なうちに、少しずつお話しされてはいかがでしょうか。財産の話は、少々気が重いものです。
けれども、家族が集まったときに、笑いながら話せるうちが、きっとよいのでしょう。
いつか話そうと思っていたことが、いつまでも話せるとは限りません。わたくしも、父の話を、もう少し聞いておこうと思います。
受け継ぐ人も、残す人も。
父から畑の場所を教えてもらったわたくしは、財産を受け継ぐ側でございます。ところが、ふと考えました。わたくし自身も、四人の子どもを育てる父親です。受け継ぐ側であると同時に、いつかは残す側にもなる。そう考えると、相続という言葉の意味が、少し変わって見えてきたのでございます。
自分がいなくなったあと、妻は安心して暮らせるだろうか。子どもたちは、仲よく話し合えるだろうか。通帳や土地の書類は、どこにあるのかわかるだろうか。
財産を残すつもりが、かえって家族を困らせることになっては、何とも切ない話です。財産の金額だけでなく、誰が何を受け継ぎ、その後どう暮らしていくのか。元気なうちに考えておくことも、大切なのかもしれません。
もっとも、いきなり「誰にいくら残すか」と話し始めれば、家族も身構えてしまうでしょう。まずは、土地や預金の場所、大切な書類の保管先など、小さなことから伝えておけばよいのではないでしょうか。
父が「頭がしっかりしているうちに」と話してくれた意味を、今は少しだけ深く受け止めております。いつか話そうと思っていたことが、いつまでも話せるとは限りません。わたくしも、子どもたちに何を伝えておきたいのか、考えてみようと思います。
生薬工房 代表 有留 隆幸
知っておきたい相続の基本
学校では教わらなかった、大切なお話。ここからは、相続についての疑問をひとつずつ、やさしくご説明いたします。
Q1. 相続したら、必ず税金がかかるの?
いいえ。相続税には「基礎控除」という、税金がかからない範囲があります。
例えば、妻と子ども二人なら法定相続人は三人。基礎控除は4,800万円です。正味の遺産額が基礎控除以下で、加算対象の贈与などもなければ、原則として相続税はかかりません。
Q2. 4,800万円は、どの家庭も同じなの?
いいえ。法定相続人の人数によって変わります。
これは、一人ずつの非課税枠ではありません。亡くなった方の財産全体に対する基礎控除です。
Q3. 預金が4,700万円なら、税金はゼロ?
妻と子ども二人が法定相続人で、相続財産が預金4,700万円だけなら、原則として相続税はかかりません。ただし、家や土地、畑、株式なども財産に含まれます。預金だけを見て判断してはいけません。
Q4. 家や畑も相続財産になるの?
はい。自宅の建物、土地、田んぼ、畑、山林なども対象です。建物は原則として固定資産税評価額、土地は路線価方式や倍率方式などを使って評価します。農地には種類や場所に応じた評価方法があります。土地の価値は、実際に売れる金額と同じとは限りません。
Q5. 預金3,000万円を3人で1,000万円ずつ分けられる?
はい。相続人全員が合意すれば、そのように分けることもできます。ただし、妻と子ども二人の場合、法律上の基本的な取り分は次のとおりです。
この割合を「法定相続分」といいます。遺言の内容などによっても分け方は変わります。
Q6. 相続税がゼロなら、手続きもしなくていいの?
いいえ。相続税がかからなくても、土地や建物の相続登記などは必要です。農地を相続した場合は、原則として農業委員会への届出も必要になります。
Q7. 親が元気なうちに、何を確認しておけばいいの?
預金や土地の場所、名義、借入金の有無、遺言書の有無などを、無理のない範囲で確認しておきましょう。財産のことは、あとから調べられる場合もあります。けれども、親がその財産に込めた思いは、直接聞いておかなければわからないこともあるのです。
Q8. 土地を相続したのに、相続税が払えないことがあるの?
はい。実際に起こり得ることです。例えば、親が亡くなり、子ども一人だけが財産を相続する場合を考えてみましょう。
法定相続人が一人の場合、基礎控除は3,600万円です。1億100万円から3,600万円を差し引くと、6,500万円になります。
= 1,250万円
ここで、「なぜ700万円を引くの?」と思われた方もいらっしゃるでしょう。相続税は、金額が多くなるほど税率が高くなる仕組みです。6,500万円の全額に最初から30%がかかるわけではありません。その違いを調整するため、税率30%の速算表では700万円を差し引きます。これを「控除額」といいます。
つまり、この例の相続税は1,250万円です。ところが、親が残した預金は100万円しかありません。その100万円を税金に充てても、あと1,150万円足りません。土地は1億円もあるのに、税金を払う現金がない。これが、テレビなどで耳にする相続問題の一つです。
では、相続税を払えなければ、土地を諦めるしかないのでしょうか。いいえ。土地を売却して納税する方法があります。また、一定の条件を満たせば、税金を分割して納める「延納」や、土地などで納める「物納」という制度もあります。どちらも条件や手続きが必要です。
なお、相続放棄とは、原則として預金や土地などの財産も借金も引き継がない手続きです。相続税を払う現金がないことと、相続放棄することは別の問題です。
【重要】相続放棄は、原則3か月以内。自分が相続人になったことを知ったときから数え、家庭裁判所で手続きします。
【重要】相続税の申告・納付は、原則10か月以内。亡くなったことを知った日の翌日から数えます。申告・納付が必要な場合の期限です。
【重要】土地や建物の相続登記は、原則3年以内。相続による取得を知った日から数えます。
相続とは、財産を受け取るだけでなく、その財産にかかる税金や手続きのことまで考えておかなければならないのです。
※この計算例は、子ども一人が相続し、借金・生前贈与・小規模宅地等の特例・税額控除などがないと仮定したものです。実際の税額は個別の事情によって変わります。
財産を残す方へ。次のお話もご用意しています。
ここまでは、相続税の基本や、土地・畑を受け継ぐ際の手続きについてお話ししました。けれども、相続には、もう一つ知っておきたい大切なことがございます。「自分の財産を、誰に、どのように残すのか」という問題です。
例えば、遺言書を作れば、すべて自分の思いどおりに分けられるのでしょうか。子どものいない夫婦では、誰が相続人になるのでしょうか。妻や夫が受け継ぐ財産には、どのような税の優遇があるのでしょうか。
実は、遺言書があっても、配偶者や子どもなどには「遺留分」という権利が問題になる場合があります。また、配偶者には相続税を大きく軽減する制度があります。知らなかったでは済まされないことも、相続にはあるのです。
こうした「財産を残す側」のお話は、次の第12号で、具体的な例を交えながら詳しくご紹介いたします。まずは今日、ご自宅や土地の名義、預金や保険の保管場所を、一つだけでも確かめてみてはいかがでしょうか。
【次号予告|相続・第二弾】
「遺言書があれば安心。」本当に、そうでしょうか。
―― 遺留分、公正証書遺言、配偶者の相続税。財産を残す人が知っておきたいお話 ――
詳しいことは、専門家へご相談ください。
ここまで、相続について基本的なお話をしてまいりました。しかし、相続は、家族の人数や財産の種類、土地の評価、借金の有無などによって、必要な手続きが変わります。相続税については税務署や税理士、土地の登記については法務局や司法書士、農地については農業委員会などに相談できます。相続放棄などの法律上の問題は、家庭裁判所の手続き案内や弁護士などに相談することも大切です。
まずは基本を知ること。そして、わからないことは、一人で抱え込まず、専門家に相談すること。それが、ご自身とご家族の安心につながるのではないでしょうか。
※この記事は2026年10月時点の日本の制度に基づく一般的な説明です。実際の税額や申告・手続きの要否は個別の事情によって異なります。