暮らしの読み物|人生と暮らし|第12号
「遺言書があれば安心。」本当に、そうでしょうか。
― 財産を残す人も、受け継ぐ人も、知っておきたいお話 ―
皆さまは、遺言書というものを、どのようにお考えでしょうか。自分が亡くなったあと、誰に、どれだけ財産を残すのか。
その希望をきちんと書いておけば、残された家族も安心する。わたくしも、そういうものだと思っておりました。
ところが、相続について調べておりますと、思いがけないことを知ったのでございます。しかも、きちんと公証役場で作った遺言書であっても、家族の争いがなくなるとは限らないというのです。
これは、少々驚きました。何しろ、わたくしたちは学校で、相続のことなど、教わっておりません。相続のことは、知らなければ困りますし、泣き寝入りするケースもございます。
今回は、そんな相続のお話を、できるだけわかりやすくご紹介したいと思います。
「長男に全部残す。」
次男は、1円ももらえない?
例えば、こんなご家庭があったといたしましょう。お父さんが亡くなり、残された財産は4,000万円。お母さんはすでに亡くなっており、子どもは長男と次男の二人です。
ここで、皆さまにひとつ問題でございます。この4,000万円の財産に、相続税はいくらかかるのでしょうか。少し考えてみてくださいませ。
答えは、原則として0円でございます。相続税には「基礎控除」という仕組みがあり、3,000万円に法定相続人1人につき600万円を加えた金額までは、原則として相続税がかかりません。
今回は相続人が2人ですから、3,000万円+600万円×2人=4,200万円。遺産4,000万円はその範囲内なのです。
※ここでは4,000万円が相続税の計算上の遺産総額であり、加算対象となる生前贈与などがない場合を想定しています。
相続について、もう少し詳しく知りたい方は、 こちらの記事もご覧くださいませ。
ところが、お父さんの遺言書には、こう書かれていました。
「わたしの財産は、
すべて長男に相続させる。」
さて、皆さま。次男は、1円も受け取れないのでしょうか。お父さんが決めたことだから、仕方がない。そう思われる方も、いらっしゃるかもしれません。ところが、そうとは限らないのです。
日本の法律には、「遺留分(いりゅうぶん)」という制度があります。難しい名前ですが、簡単に申しますと、配偶者や子どもなどに認められる、最低限の取り分に関する権利です。
今回の例では、次男の遺留分は、原則として財産全体の4分の1。4,000万円の4分の1ですから、1,000万円です。
つまり、長男に全部残すという遺言書があっても、次男は長男に対して、1,000万円に相当するお金を請求できる可能性があるのです。
いかがでしょうか。わたくしは、これを知ったとき、驚きました。遺言書に名前が書かれていないからといって、必ずしも財産を受け取る権利がなくなるわけではない。
ただし、遺留分は、黙っていても自動的にお金が振り込まれるような制度ではありません。自分で請求する必要があり、期限もあります。遺留分の請求ができることを知らない方が実際は多いのではないでしょうか。
法律を知らなければ、本来主張できた権利に気づかないまま、終わってしまうこともあるのでございます。
公正証書遺言なら、
絶対に安心なのでしょうか。
では、公証役場できちんと作った遺言書なら、どうでしょう。公証人という法律の専門家が関わって作る「公正証書遺言」。これなら絶対に安心。そう思いたくなります。
ところが、ここにも知っておきたいことがございます。公正証書遺言であっても、先ほどの遺留分がなくなるわけではありません。
年齢を重ねれば、誰でも物忘れが増えることはあるでしょう。わたくしなど、昨日何を食べたか、思い出すのに少々時間がかかることもございます。
もっとも、食べたものを忘れることと、財産を誰に残すか判断できることは、まったく別のお話です。大切なのは、本人が遺言の内容を理解し、自分の意思で決められるかどうか。
「まだ元気だから、遺言書なんて早い。」
そう思っているうちに、いざ作ろうとしたときには、難しくなっている場合もあるのです。元気なうちに準備する。これが案外、大切でございます。
財産を平等に分ければ、
家族は仲よくできるのでしょうか。
さて、ここからは、少し違った角度で考えてみたいと思います。例えば、子どもが二人いるといたしましょう。財産も半分ずつ。これなら公平です。誰も文句は言わない。
……本当に、そうでしょうか。
1人は長年、親のそばで暮らし、病院への送り迎えや日々の世話をしてきた。もう一人は、遠く離れた土地で暮らしていた。
もちろん、遠くに住んでいるからといって、親を大切に思っていないわけではありません。それぞれに事情があり、それぞれの暮らしがあります。
けれども、財産を分ける段階になって、「自分は、これだけ親の面倒を見てきたのに・・・。」「そんなことを言われても、同じ子どもじゃないか。」そんな言葉が出てきます。
わたくしは、ここに相続の難しさがあるように思うのでございます。財産を平等に分けることと、家族全員が納得することは、必ずしも同じではありません。
もちろん、親の世話をしたからといって、法律上の取り分が必ず増えるわけではありません。しかし、残す側が、家族それぞれの事情を考えておくことには、大きな意味があると思います。
「うちの子どもたちは、
仲がよいから大丈夫。」
そうおっしゃる方も、いらっしゃるでしょう。もちろん、それが何よりでございます。けれども、相続の話になりますと、それまで表に出なかった思いが、突然出てくることもあります。
親が元気なうちは、誰も財産の話などしなかった。ところが、親が亡くなり、実家をどうするか、預金をどう分けるかという話になった途端、意見が合わなくなる。
そんなこともあるのではないでしょうか。
親というものは、子どもが何歳になっても、子どもなのでしょう。けれども、子どもたちも、それぞれ家庭を持ち、それぞれの人生を歩んでおります。
親が思っている以上に、子どもの家庭の事情は複雑で違っているのかもしれません・・・。子どもだけの考えでなく奥さんの考えも往々にして入ってくるからです。
だからこそ、何も決めずに残すことが、必ずしも家族への思いやりになるとは限らないのでございます。
遺言書を書く前に、
しておきたいこと。
では、どうすればよいのでしょうか。わたくしは、最初から難しい法律を勉強する必要はないと思っております。
まずは、自分が何を持っているのか。預金は、どこの銀行にあるのか。土地や建物の名義は、どうなっているのか。
保険は、どこに加入しているのか。借入金があれば、そのことも。とりあえず思い出せるものから紙に書き出してみる。
そして、誰に何を残したいのか。なぜ、そうしたいのか。考えてみる。わからないことがあれば、専門家に相談する。それだけでも、立派な第一歩ではないでしょうか。
何しろ、残された家族が困るのは、財産が少ないことばかりではありません。何が、どこに、どれだけあるのか。それすらわからない。それを把握するのが本当に大変で困難だからです。
何しろお聞きしたくとも出来ないのですから・・・。
財産は残せても、
家族の仲までは残せません。
ここまで、遺言書や相続について、お話ししてまいりました。けれども、最後に、わたくしが一番お伝えしたいことがございます。
親は、子どもに何か残してやりたいと思うものです。少しでも暮らしの足しになれば。困ったときに役立てば。
自分がいなくなったあとも、安心して暮らしてくれれば。そんな思いで、長い年月をかけて財産を築いてこられた方も、いらっしゃると思います。
ところが、その財産をきっかけに、子どもたちが争うことになったら、どうでしょう。お金は、分けることができます。土地も、場合によっては分けることができるでしょう。
けれども、一度壊れてしまった家族の縁は、簡単には元に戻りません。
子どものために残した財産が、子どもたちを遠ざけてしまう。そんなことになっては、何とも悲しい話でございます。
わたくし自身、四人の子どもを育てる父親です。子どもたちには、それぞれの人生を、しっかり歩んでいってほしいと思っております。
そして、わたくしがいなくなったあとも、兄姉妹で顔を合わせ、笑い合える関係でいてほしい。
そう願っています。
財産を残す準備とは、自分が亡くなる準備ではありません。大切な家族の、これからの暮らしを守る準備なのでございます。
いつか話そう。そのうち考えよう。そう思っているうちに、年月は過ぎていきます。ですから、どうか、お元気な今のうちに。大切なご家族の顔を思い浮かべながら、考えてみていただきたいのでございます。
残してあげられる財産は、人それぞれでしょう。けれども、残してあげたい思いは、きっと同じなのではないでしょうか。
自分がいなくなったあとも、家族には、幸せでいてほしい。
ただ、それだけなのでございます。
生薬工房 代表 有留 隆幸
相続について、知っておきたいこと
今回ご紹介した「遺留分」は、遺言書があっても配偶者や子どもなどの一定の相続人が、条件に応じて金銭を請求できる制度です。請求には期限がありますので、実際にお困りの場合は、早めに専門家へご相談ください。
遺言書を作る際にも、財産の内容やご家族の事情を整理し、公証役場や弁護士などに相談すると安心です。
※この記事は2026年10月時点の日本の制度について、一般的な内容をわかりやすくご紹介したものです。遺留分の具体的な金額や請求の可否は、生前贈与や債務などの事情によって変わる場合があります。